2024.11.17 の週報掲載の説教
<2024年10月13日の説教から>
『永遠の命の言葉』
ヨハネによる福音書6章60節~71節
牧師 鈴木美津子
群衆の中だけでなく、弟子たちの多くも主イエスの言葉に躓いて離れ去った。主イエスは12弟子に「あなたがたも離れて行きたいか」と問う。ペトロは「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。(68-69)」と答えた。ペトロは、「あなたがわたしたちの主である以上、わたしたちの居場所はあなたのもとだけだ」と答えたのである。なぜなら、主イエスこそ永遠の命の言葉を持っておられるお方だからである。このペトロの告白に、離れ去っていた多くの弟子たちと12弟子の違いが浮き彫りにされている。多くの弟子たちが主イエスの御言葉に躓いたのに対して、12人は主イエスが永遠の命の言葉を持っておられると告白することができたのである。このことは12人のうえに聖霊の導きがあったこと、彼らが父なる神の選びの内にあったことを教えている。しかし、そうであっても留まり続けたこの12人中からもやがて裏切り者が出てくる。
これらのことは、今の私たちに何を教えているのか。それは地上の教会には欠けや弱さがあるということである。立派な信仰者と思われていた人が信仰を捨ててしまう。牧師や長老などからさえ信仰を捨ててしまう人がでてくる。そのようなことが地上の教会においては起こりうるからである。このことは他の誰かのことを考える必要はない。むしろ、主イエスがここで求めておられることは、私たち一人一人が自分はどうであろうかと問うことである。「あなたがたも離れていきたいか」という主イエスの問いを自分に対するものとして聞くこと。そして、ペトロの「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか」との言葉を自分の言葉として語ることである。この日本でキリスト者であり続けることは、困難の伴うことがある。またキリストを信じることでさまざまな誤解や偏見を受けることもある。いっそのこと信仰を捨ててしまった方が楽ではないかとも。しかし、もし信仰を捨ててしまうならば、何を信じて生きていけば良いのか。そもそも主イエスを真の神であると信じている私たちがこの方から離れ去ることなどできるのか。主イエスが私たちを永遠の命に生かすために十字架の死を死んでくださったことを知ってしまった今、この方のもとを離れ去ることができるのか。できないであろう。できない。なぜならキリスト者とはそのことを知っている者のことを言うのだから。自分はキリストなしでもはや生きていくことができないことを知っている者、それがキリスト者だからである。