2024.6.23 主日礼拝の案内

2024.6.23 主日礼拝の案内
 
週 報 80巻 23号 2024.6.23
 
「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」(ヨハネによる福音書4章24節)

 
主 日 礼 拝     午前 10:30                                                                                        
奏楽 板 垣 玲 子
                 
<神の招き>
 
招 詞   ローマの信徒への手紙12章1節~2節
1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。 
2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。
 
讃 詠   83(1) 
聖なるかな、聖なるかな、
聖なるかな、主なる神。
主の栄光は 地に満てり。
聖なるかな、主なる神。
罪の告白と赦し 詩編1編1節~6節
1 いかに幸いなことか
神に逆らう者の計らいに従って歩まず
罪ある者の道にとどまらず
傲慢な者と共に座らず
2 主の教えを愛し
その教えを昼も夜も口ずさむ人。
3 その人は流れのほとりに植えられた木。
ときが巡り来れば実を結び
葉もしおれることがない。
その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。
4 神に逆らう者はそうではない。
彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。
5 神に逆らう者は裁きに堪えず
罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。
6 神に従う人の道を主は知っていてくださる。
神に逆らう者の道は滅びに至る。
 
 
讃美歌  17
(1)
聖なる主の美しさと
その栄えを 仰いで、
まごころもて み前に立ち
み名をたたえ、あがめよう。
(2)
重荷すべて 主が代わって
負ってくださる うれしさ。
悩み多い 世の旅路も
みちびく 主のみ恵み。
(3)
心つくし 主に仕えよう。
とるに足らぬ 私の
愛のわざも、身も心も
主は受け入れ、よろこぶ。
(4)
闇をかえて 光とする
主の恵みの 貴さ。
望みは湧き、おそれは消え、
胸に満ちる よろこび。
 
<神の言葉>
聖 書
イザヤ書32章15節〜20節(旧約P.986)
15 ついに、我々の上に
霊が高い天から注がれる。
荒れ野は園となり
園は森と見なされる。
16 そのとき、荒れ野に公平が宿り
園に正義が住まう。
17 正義が造り出すものは平和であり
正義が生み出すものは
とこしえに安らかな信頼である。
18 わが民は平和の住みか、安らかな宿
憂いなき休息の場所に住まう。
19 しかし、森には雹が降る。
町は大いに辱められる。
20 すべての水のほとりに種を蒔き
牛やろばを自由に放つあなたたちは
なんと幸いなことか。
 
 
ヨハネによる福音書4章16節~26節(新約P.140)
16 イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、 
17 女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 
18 あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 
19 女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。 
20 わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 
21 イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。 
22 あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。 
23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。 
24 神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」 
25 女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」 
26 イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」
 
 
祈 り                安 井 英 子
 
 
讃美歌  363
1.み神の力は 山を起こし、
海原を広げ 空を造る。
深い知恵により 日は輝き
月は照りわたり 星もめぐる。
2.み神はめぐみで 地を満たして、
造られたものを よしとされた。
見よ、その不思議は 大海にも
わが歩む地にも 大空にも。
3.花も木も示す、主のみ栄え。
雨雲も風も 主に従う。
すべてのもの皆 みむねにより
造られ守られ、ここに生きる。
 
説  教  「愛と真理をもって行う礼拝」 鈴木 美津子
 
 
讃美歌  155
(1)
山べにむかいてわれ 目をあぐ、
助けはいずかたより きたるか。
あめつちのみかみより
たすけぞわれにきたる。
(2)
み神は汝(なれ)の足を つよくす、
み守りあれば汝(なれ)は うごかじ。
みたみをば守るもの
まどろみねむりまさじ。
(3)
み神はあだをふせぐ たてなり、
汝(な)が身をつねに守る かげなり。
よるは月、ひるは日も
汝(なれ)をばそこなうまじ。
(4)
み神はわざわいをも さけしめ
疲れしたましいをも やすます。
いずるおり、いるおりも、
たえせず汝(なれ)を守らん。
使徒信条
わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。
わたしは、そのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、処女マリヤから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで
苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府にくだり、三日目に
死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。
そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審かれます。
わたしは、聖霊を信じます。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、
からだの復活、永遠のいのちを信じます。
アーメン。
公 告  
 
献金感謝 
 
主の祈り
天にまします我らの父よ、
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
御心の天に成る如く、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
国と力と栄えとは、限りなく、汝のものなればなり。
アーメン
 
頌 栄  29
天のみ民も、 地にあるものも、
父・子・聖霊なる 神をたたえよ、
とこしえまでも。アーメン。
派遣と祝福
 
後 奏 
 
礼拝当番
(今週)増田 裕子

(次週)森﨑 千恵

献金当番
(今週)済陽 高志 深沢 浩延

(次週)菊地 晴子 福永 真理

 
ライブ配信当番
(今週)新畑 信

(次週)小出 勝

2024.6.23~2024.6.29 の集会案内

2024.6.23~2024.6.29 の集会案内

      集 会

 
〇日曜学校             9:00

〇讃美歌を歌う会(自由参加)    礼拝後

〇日曜学校教師会          同上後

〇第1回伝道委員会           同上後

今 週 の 集 会

 
◎祈祷題「福音伝道のため」「真の平和が実現されるため」

 
〇聖書の学びと祈りの会        6月27日(木)10:00

エゼキエル書39章(担当 鈴木 美津子) 司会 板 垣 玲 子

 
牧師予定
特になし

 
次 週 礼 拝 

 
<こどもとおとなの合同礼拝>

説教「光あれ」                    鈴木 美津子

創世記1章1節~5節

ヨハネによる福音書1章1節~5節

 
讃美歌 *545B、73、501、190、540 三 輪 志 都

 

2024.6.23週報教会のお知らせ

2024.6.23週報教会のお知らせ

ウェストミンスター小教理問答
問4.神とは、どんなかたですか。

答  神は霊1であられ、その存在2、知恵3、力4、聖5、義、善、

真実6において、無限7、永遠8、不変9のかたです。

1:ヨハネ4:24  2:出エジプト3:14  3:詩篇147:5

4:黙示4:8  5:黙示15:4  6:出エジプト34:6−7

7:ヨブ記11:7−9 8:詩篇90:2  9:ヤコブ1:17

 
◇九州中会伝道師就職式のご報告

2024年6月9日(日)10:15~日本キリスト教会佐賀めぐみ教会において、教師試補 海東強(かいとうたけし)の伝道師就職式が行われました。司式・勧告 金東佑(志免教会牧師)。

 
◇講演会「カルト問題と教会」

日時:6月30日(日)午後3時~5時15分 日キ大阪西教会

講師:齋藤 篤(日本キリスト教団 仙台宮城野教会牧師)

申し込み方法:教会毎に纏めますので1階掲示板下の申し込み書で

お申込みください。(参加費 1,000円)

 
◇花壇の花用の募金箱が受付けに置てありますので、皆さま花募

金をよろしくお願いいたします。

2024.6.23 の週報掲載の説教

2024.6.23 の週報掲載の説教

<2024年4月28日の説教から>

「主はわたしたちの心の中を知っておられる」
ヨハネによる福音書2章23節~25節

牧師 鈴木 美津子

 
多くのユダヤ人が「イエスの名」を信じたが、主イエスご自身は彼らを信用されなかった。なぜなら、主イエスは何が人間の心の中にあるかを、よく知っておられたからである。主イエスは、人間の心の中がどれほど罪深く愚かなものであるかをよく知っておられたのである。彼らは、見るべき「しるし」ではなく、主イエスがなさった不思議なわざに驚いて、「この人はすごい人だ」信じたからだ。

目に見える「奇蹟」「癒し」を重んじて、求めていく心が人間の中にある。「見たら信じられる」という心である。そのような心、信仰の態度、一時的な熱狂によって信じる者を主イエスは信じない。神はもちろん、病いを「癒す」ことがおできになる。しかし、それが自分の思い通りに叶わなかったら信じないのであれば、単なる「御利益信仰」である。もちろん私たちは苦しみの中で、救いを求め、切羽詰まった状況の中で神に近づくことがある。神はそのように助けを求める思いを拒否なさらず、受け入れてくださる。その中で神との関係、神を信頼するというつながりができていく。そのことなしに単なる願いのみに留まるのであれば、神が自分の願いを叶えなかったり都合の悪いことが起こったりしたら神から離れていく、というような自己中心の信仰で終わってしまうのである。

しかし、このことは、単に「しるし」を見て信じたユダヤ人たちについてだけ言えることではない。私たちがどのようなきっかけで信仰に入るにせよ、私たちは「イエス・キリストの十字架の死と復活」という「しるし」こそ信じなければならないからである。いや、むしろ、私たちの信仰にとっては、これだけあれば十分なのだ。

神は主イエスの十字架の死と復活を通してご自身の愛と真実を表わされた。その神を信じ、良い時も悪い時も信頼して生きて行くことが求められている。「信仰」とは「神への人格的な信頼」である。そうであるから、私たちは主イエスを「救い主」と信じ、交わりを持ち、神と相対して生きることが求められている。そのような信仰でなければ、私たちは人生の危機の中で信仰を全うすることができないからである。